カリタス東京ニュース

カリタス東京ニュース2024年11月号

2024年10月22日

インフォーメーション

11月16日(土) 「生活困窮者支援フェスタ」を開催します

  • 時間:11:00~17:00 
  • 場所:関口会館・ケルンホール・カテドラル地下聖堂
プログラム
炊き出し調理体験 11:00~12:30
  • 場所:関口会館調理室(1階、地下)
  • 炊き出しの調理に挑戦してみませんか?おにぎり、豚汁、カレーなどを予定しています。経験は問いません、何方でも参加できます、一緒に調理しましょう。
  • <昼食は、炊き出し調理で作ったものを一緒に食べましょう。>
活動紹介・物品頒布 11:00~13:30
  • 場所:ケルンホール
  • 東京教区内の生活困窮者支援団体・グループ出展コーナーです。
講演会 14:00~15:30
  • 場所:ケルンホール
  • 講師: 吉水岳彦(よしみず がくげん) さん (浄土宗光照院 住職)
  • テーマ:「路上のいのちに向き合う 宗教を超えて」
貧しい人のための世界祈願日ミサ 16:00~17:00
  • 場所:カテドラル地下聖堂
  • 主司式:小池亮太神父 (カリタス東京常任委員長)                           

 

*参加申込:こちらの申込みフォームよりお申込ください

 

カリタスのとサポートセンター能災害ボランティア募集のお知らせ

1月の地震災害の復興支援に入ろうとしていた矢先、9月の大雨災害でまた緊急救援が必要となっています。カリタスのとサポートセンターでは、引き続き災害ボランティアを募集しています。

詳細はこちらでご覧いただけます:

東京の行政区によっては、「災害ボランティア応援助成」という制度があります。交通費の一部にも充当できますので、活用されてボランティアに参加されてはどうでしょうか。

 

愛の奉仕活動の紹介コーナー

「NPO法人 女性ネットSaya-Saya」訪問レポート

今回は東京都にあるNPO法人 女性ネットSaya-Sayaを訪問しました。NPO法人 女性ネットSaya-Sayaは2000年に設立され、暴力のない社会を目指して、特にDV虐待、暴力被害で傷ついた女性たちが本来の活力ある「わたし」を見つけて、自分や周囲の人々と繋がりを持ちながら人生を再構築する道を共に歩むための活動を行っています。その活動内容は相談、生活支援、DV被害女性の自立支援プログラム、DV被害女性と子供のための支援プログラム、子育てサロン、支援者養成講座等多岐に渡っています。

当日は、共同代表理事の松本和子さんにお話を伺いました。

インタビューにお答えになる松本さんです。

2000年に無料電話相談、自助グループミーティンク、工房の活動を始めたれたと聞いていますが、始められたきっかけはなんだったのでしょうか。

1995年頃に依存症の専門家である斎藤先生のクリニックでソーシャルワーカーとして働いている時に、診療所のカウンセラーでDVの被害者でもあった野本さんに出会いました。私も山谷で活動をしていて、山谷で夫からの暴力から逃れて、虐げられて生活している女性と関わってきました。その関わりの中で、ホームレスの母親が公的支援として都営住宅に家族全員で住むことになったが、母娘で都営住宅から逃げ出すというケースに出会いました。夫のDV・性暴力を受けている母子にとってその環境は地獄であったにも関わらず、周囲からその母子の行動は我が儘として非難をされていたという経験をし、身近に親身になって相談する場所があれば何か違ったのではないかと思っていました。

そして、カナダに研修に行った折に、バンクーバーでDV被害者が地域でDVに関する情報を得られ、また、買い物帰りに夫に知られることなくカウンセリングを受けられる施設が整っているのを視察してきました。日本でも病院ばかりではなく地域にそのようなは場所があればいいね、ということを野本さんと話し合っていて、DV防止法が施行された2000年に被害女性就労支援のレストランと相談室を開設しました。当時マスコミにも取り上げられました。そこで、みんなが集まり話を重ねる中で様々な活動が生まれてきました。

DVの問題は社会の問題であるということですが。

地域社会から弾き出された人の集まる寄場を作る構造的な社会問題と同じようにDVの問題も個人の問題に留まらない社会制度・意識に根ざした問題です。被害者個人ではなく私たちが問われている問題であるという視点が重要です。

全世界的に見れば何千年もの間、虐げられてきた女性と子供の歴史があります。家族という名のもとに、妻は男性の使用人という意識が続いてきました。教会の中でも、過去にはふしだらの妻への体罰が認められ、それで精神的なものが救われるとも言われてきました。このようなことは妻だけで夫には言われていません。教会での結婚式でも花嫁の父親から夫への引き渡しをするような式文もありました。また、秋田では嫁叩きという儀式があった等、様々な社会慣習があり、一部は現在でも続いています。

日常生活の中でも、夫は会社で上司から嫌なことを言われても暴力・暴言を振るうことはありませんが、家に帰ってその鬱憤をはらすという選択をしています。大切な人程守るべきなのに、家庭の中では何をやってもいいといった風潮があります。DVに関連する法律はできたが社会的意識がまだ変わっていません。

これに対して、現代では妻の方がヒステリーを起こして強いということを言う男性がいます。しかし、PTSDが解明される中で、それは女性が社会や家庭で様々な抑圧を受けた結果のセルフディフェンスであると言われています。DVの夫婦で個々のカウンセリングをすると、抑圧をしている夫は普通に見えて、長年抑圧を受けている女性が異常とみられやすいと言われています。

女性が受けてきた精神的虐待は過程が見えづらく、心身に与える悪影響は大きいにもかかわらず、肉体的な虐待に比べて社会的な共感が得られにくいところがあります。社会的な共感がなければ、被害女性に対して「もう少し頑張れば」とか「もう少し美味しい食事をつくれば」と言ったように女性を非難する目でみてしまうことになります。そして、社会的な共感がなければ、カミングアウトしても二次被害が生じています。また、社会的な共感がPTSDの予後の結果に医療以上によう良い影響を与えるということが解ってきています。DV被害の女性を地域社会が受け入れて被害者に共感する社会になることが重要だと思います。

アジアを初めとしてDVに対する対策はどのようになっていますか。

アジアでは台湾や韓国等のDV法は加害者を罰する規定があります。その中で収監もしくは加害者の更生プログラムへの強制的な参加を課しています。この規定があることで、被害者ではなく加害者が悪いということが明確になります。一般的にDVが問題となる場合、男性は恋愛関係にある時には優しく、結婚して同居するようになった時に怒鳴るようになり、被害者の中には優しい時の男性と怒鳴る男性がいて、被害者が「自分がいたらないからだ」という理屈で自らを責めてしまいがちです。法律で加害者を罰することで、悪いのは加害者であること明確にできます。日本では、任意の更生プログラムしかなく、この加害者責任が曖昧となってしまいます。

また、台湾ではDV関連の政府予算が日本とは比べ物にならないくらい多いのです。海外企業のCSR活動対象に中でジェンターベーストバイオレンス(SGBV)への優先度が高く、そこには、これが家庭の問題ではなく社会的な問題であるという意識があります。

さらに、日本では行政設置のシェルターは、最初、売春防止法で使われていた施設を流用しましたが、デンマークでは王室が宮殿をDVのシェルターとして提供しています。

2023年10月、JICAの課題別研修「ジェンダーに基づく暴力の撤廃」にて18カ国の担当官がSaya-Sayaに視察に来られ、ワークショップを行いました。

ここからはSaya-Sayaの具体的な取り組みについて教えていただきたいと思います。DVの問題は社会の意識に根ざした問題であるとのことから、被害者に寄り添っていく活動にとどまらず様々な活動をなさっていますが、まず、相談活動についてお話を伺えますか。

相談活動は設立当初から取り組んできています。コロナ禍の2020年3月に相談件数が激減しました。その原因は夫の在宅勤務で、家の中で声が聞こえてしまうので妻が電話をできないのではないかと考え、LINEでの相談を受け始めました。

生活支援活動とは具体的にどのような活動をなさっているのですか。

私たちの活動のゴールは自分らしく生き生き生きることです。縛られた関係ではそのゴールは達成できません。

その環境からまずは離れるためにステップハウスを6軒ほど用意しています。行政の施設では、ペット同伴や大きい子供の同伴では入居ができません。ペットや大きい子供がいるから家から逃れられないケースもあり、これらに対応できるようなステップハウスを用意しています。ステップハウスはほとんどいっぱいの状態です。ネットカフェに寝泊まりしていた若い女性が入居してきて、古い建物のシェルターであっても、「久しぶりに安心してぐっすり寝むれた。」とよく言われます。入居者には日常生活を取り戻す必要があるので、ステップハウスとしては通常のマンション等の住居が望ましいのです。

生活支援として、生活保護の受給申請の同行、婚姻費用分担金の請求の為の弁護士の紹介と同行、離婚訴訟等では書類を書くお手伝いもします。

また、子供を地域に繋げる手助けをしたり、ケースによっては子供セラピーをしたりします。

ステップハウスの室内です。

被害女性の自立支援プログラム燦(SUN)について教えてください。

女性は出産・育児をやりこなせてきた人が多く、元々は、生活力がある人が多いと思います。自尊心を取り戻し、自分がやりたいことが解ったら働くことは十分できます。

被害女性はすぐに働くのはPTSD等の後遺症があって難しいので、まずは安心安全な環境で、精神・肉体面を支えるプログラムに参加してもらいます。その後外資系企業等がバックアップしている就労プログラムで仕事のための面接やワークショップに参加します。調理師免許や、社会福祉士・介護士等の資格を取得して仕事を見つける人も結構いらっしゃいます。また、就業が難しくて生活保護を受けたとしても、地域でその人の居場所を見つけて自分らしい生活できることをプログラムのゴールとしています。

左から自立支援プログラム燦の「アートセラピー」「エンパワメント講座」「燦工房」の様子です。

DV被害にあった女性と子供のための支援プログラム凛の一つとして『びーらぶプログラム』がありますがどのようなものですか。

『びーらぶ<Beloved>プログラム』は「あなたは皆に大切な存在だよ」「愛されている」というメッセージをこめて名付けられました。被害女性とその子供を対象として、全国的に様々な地域で行われているプログラムです。母親と子供が別々に、同時並行的に暴力の構造を伝え、何が暴力となるかを見極め、事例を通じてコミュニケーションで問題を解決するスキルを学び、自分が大切な存在なのだということを理解してもらいます。この集まりの中で、孤立していた母子が自分だけではなく仲間がいると知ることが力になります。

びーらぶの開催時の説明会の様子です。

『びーらぶオレンジ』というプログラムもありますが対象が違うのですか。

『びーらぶオレンジ』は『びーらぶプログラム』の対象を児童養護施設の職員と児童を対象としたプログラムになります。『びーらぶオレンジプログラム』ではロールプレイを通して子どもと職員が相互の関係を話し合いで解決していくことを練習していきます。取り入れた後に子どもとの関係が変わったと職員の方々から喜ばれています。

他に凛の活動として子供のためのプログラムもあるとのことですが。

『てらこやミモザ』は子供のための居場所対策で学習支援もしています。学校に行けない子供の代替え登校場所ともなっています。毎週火曜日に開催していて、学生のボランティアも参加している。

『思春期ワーク』はVD被害の母子の小学校高学年から高校生までを対象とした2泊3日のワークショップで、クリスマス、夏休みに海や山にいきます。女性と子供の夏ワークは夏休みに母と子が一緒に参加し、母親は染め物等、子供は虫取り等各々のプログラムに参加します。

また、『カフェみもざ』は就労支援として行っています。

『てらこやミモザ』の食事の準備風景です。この日は麻婆豆腐でした。

 

『カフェみもざ』の店内です。

 

凛夏ワークの様子です。

予防教育としての『チェンジ』とはなんですか。

中学高校生間のアビューズラブ対策としてロールプレイや講習を通じてDV問題を認識してもらうためのプログラムが『チェンジ』です。中高生を対象で最近は小学校からも開催の希望があり様々な公立学校で開催されています。社会の問題として解決していくためにも必要だと思いますが、私立では学校によっては問題が明らかになるのを嫌って断られるケースもあります。韓国では法律で学校においてこの問題を教育するように義務付けています。講習会の前後でアンケートをとるとDV家庭や男女間の性暴力が明らかになることがあります。

支援者の教育にも力を入れていると聞きましたが。

支援者養成講座を開催しています。各種プログラムの支援者、相談員を養成する60時間の講座を受けています。相談員30名、『びーらぶプログラム』のチーム、就労支援プログラム等も含めろと100名程度のスタッフで運営されています。

コロナ禍で相談件数が増えたとのことですが。

コロナ禍で相談が増えたのは、DV自体が増加したというよりも、LINEというツールが増え、時間も増加したことによってカミングアウトし易くなったことが要因である考えています。全体的にも、国の体制が整い、社会的雰囲気もカミングアウトし易くなったことでもともと有ったDVのカミングアウトする人が増えたのではないかと思います。とにかく潜在的には4人に1人が対象者ということですから。コロナが終息してきても、相談件数は減っていません。

DVの現状と課題についてお聞かせください。

まず、事業資金面の課題があります。国や民間の助成金からDV相談の費用に充てていますが毎年申請することが必要です。2020年、パイロット事業の時から国からの公的補助金は出ていますが、台湾などと比べると圧倒的に少ない現状があります。

また、最近は健康保険証の発行問題等、女性を守る手段が複雑化されて男性から逃れるのが以前に比べて難しくなっています。このことは、マイナカードに保険証を紐づけることでさらに困難にさせています。

DVの質が変わり暴力から精神的な支配洗脳と見えないものが増加しています。DVを女性自体が気づかず、人から指摘され、あるいはネット情報から気が付くケースもあるとのことです。よって、社会からのメッセージを発信するのも重要です。外国のドラマでは女性がはっきり意見を言っているのをよく見ますが、日本のメディアでも女性が自分の意見を出すような状況を多くする必要があると思います。

男女の社会文化が変わり、女性も決定権のある場にもっと参加したり、プロセスを重視する制度が必要なのではないかと思います。地域社会では暴力はどんなことがあっても加害者の選択責任であり、物事は暴力なく解決できることを明確にする必要がある。

身近でDVが起きていると感じた時どのようにすればいいのですか。

まず専門窓口に相談して、気持ちの整理をしてください。初期段階であれば、お互いにダメージを低く抑えられる可能性があります。地域には様々な窓口があるし、被害者の気持ちと決断に沿って動くことを基本としていますので、気軽に相談してください。。

この活動をして良かったと感じる時はどんな時ですか。

関わってきた女性が自分自身を取り戻して、自由に社会で道を見つけて力強く進み始めた姿を見た時にやっていて良かったと感じます。そして、それらの方が今度は支援者として一緒に活動していける場合も嬉しく思います。

 

防災特別企画

カリタスのとサポートセンター訪問レポート(ボランティア編)

10月初旬にカリタス東京のメンバー3名は名古屋教区のカリタスのとサポートセンターの七尾ボランティアベースを訪れ、ボランティア支援活動を体験させていただきました。また同時に、今後の東京教区としての支援のあり方を検討するために意見交換をさせていただきました。

10月1日、新宿から車で関越道、長野道、北陸道経由で能登の七尾ベースへと向かいました。9月21日から続いた大雨による河川の氾濫で甚大な被害がでているという報道がなされ、天気予報では翌日から能登地方では雨が予測されていている状態でした。出発から約7時間半かけて午後3時半頃七尾ベースに到着し、シスターズリレーでベースをお手伝いしている御聖体の宣教クララ修道会のSr.サラに迎えられ、ボランティアベースの宿泊所に入りました。

当日、成井司教様を初めとするカリタスジャパンの視察団の方々と七尾ベースで一緒になりました。発災日である1日には祈りの会が開かれていて、発災時刻に合わせて祈りが捧げています。発災9ヶ月目に当たるこの日は松浦司教様、成井司教様、幼稚園の園児も参加して祈りが捧げられました。

祈りの会の後に、カリタスジャパンの方々と共に夕食をとり、七尾ベースの宿舎に泊まりました。七尾ベースの宿舎は以前のレポートでも紹介しましたが、聖堂の横にある元の幼稚園舎の教室をダンボールの仕切りで区切り個室ができています。洗面台とトイレはありますが、浴室はありませんので、近所の銭湯、もしくは和倉の温泉にある温泉銭湯に行くことになります。初日は歩いて3分程の銭湯に行きましたが、新しい建物の綺麗な銭湯でした。

ボランティ初日は、あいにくの雨模様でした。朝の祈りを聖堂で捧げてから朝食をとり、当日の作業の内容がSrサラから説明がありました。当日の作業は2班に分かれ一班は断水している地域へ生活用水と飲み水、パックご飯等をお届けし、他班は重蔵神社で予定されている食料配布のための仕分け作業を行うことになりました。

朝打ち合わせ後、自動車2台に分乗して輪島教会へと向かいます。のと里山海道を北上して行きますが、地震で道路が所々崩落していて、迂回路を走行することになります。迂回路の出入り口付近では、急なカープとなっています。また、地面が波打っていてかなり車が上下に揺れます。道路脇の崖が所々崩れていて、ブルーシートで保全されています。のと里山海道を降りて一般道に入ると、大雨による崖くずれを復旧している現場があり、交互通行規制で渋滞が発生しています。道路と並行して流れている川の河川敷には崖崩れによる流木が散乱し、橋桁に流木が沢山引っかています。

輪島教会で水タンクを積んだ軽トラック2台に乗り換えて給水を必要としている地域へと向かいます。給水活動をしている地域は、輪島の中心部から珠洲市に向かう海岸線の道を少し進んだ山側の集落です。海岸線の道は豪雨直後には数カ所で土砂崩れが発生して寸断されてしましたが、現在では交互通行で通れるようにはなっていました。土砂が積み上げられた壁が道路に迫ってきています。

幹線道路から山側に向かう急勾配の道路を軽トラックで登っていくと、断水した地域に着きます。そこでは、住民の方がボリ容器や、ポリバケツを用意して待っていてくれます。また、留守の家の軒先にはポリ容器が出されています。それらの容器に水補給して、家まで住民の人と一緒に運びます。また、お年寄りの家庭や障害者の家庭には、声をかけてポリ容器を預かって水を補給してお返しします。それと同時に、食料や飲み水等の必要物資をお渡しするとともに、必要物資を聞いていきます。

一つの地域が終わると、幹線道路に戻りもう一つの集落へと向かいます。

最後に訪問した地区は、豪雨による崖崩れで電柱が流されて断水と停電の両方の被害を受けている約16世帯の地域でした。生活用水は地域の井戸水が使えるが、飲料水がないのでペットボトルのお水をお届けします。世話人の方の話では、電子レンジが使えないので湯煎で食べられる食品、体を拭くペーパーが必要とのことでした。震災で停電となり、電気が復旧したと思つたら1ヶ月半で今回の水害のために停電となり、今なお復旧の見通しが立っていないのが不安であると話していました。

予定された配送が終わると、水の残量を確認して重蔵神社へと向かいました。海岸線の道路の横には仮の水道管が設置されていのが見て取れます。

重蔵神社では毎週水曜日と土曜日に近所の仮設住宅に入居している方等を対象として、食料と生活物資の支援を他の団体が行っており、カリタスのとサポートセンターはその準備作業をお手伝いしています。この日は雨の中で、テントを張り、食料やタオル等の日用品の品出しの作業のお手伝いをしました。準備をしている途中で仮設トイレや様々な支援物資がトラックで持ち込まれ、それらの荷下ろし作業もします。また、カリタスのとサポートセンターが配布する飲料水のペットボトルをここでもらっていきます。

重蔵神社付近も倒壊した家屋が多数あり、一部では重機が入って解体作業をおこなつていますが、全体では解体作業は4%程度しか進んでおらず、洪水がさらに進捗を遅らせるのではないかと言われています。

輪島市内中心部にあるスーバーの隣の敷地に建てられた仮設住宅は、河川の氾濫で床上浸水となり、入居者は退去していました。氾濫を物語る泥と水で濡れたカーペットが外に出されていました。

スーパーの駐車場内に設けられた社会福祉協議会のボランティアセンターには、泥かき用の用具が並べられていて、多くのボランティアの方がバスで集まっていました。

当日の作業を全て終了し、軽トラックを返しに輪島教会に戻りました。輪島教会は聖堂、司祭館共に地震で大きな被害を受けて、利用が危険と判断されたので解体され、今は更地となっています。今後、名古屋教区が再建をする予定である旨を聞いております。

2日は大雨のために作業は中止となり、七尾ボランティアセンターのセンター長に新たに着任した森田さんとボランティア活動に関する分かち合いを行い、午後には七尾市の福祉協議会を訪ねて、ボランティア活動に対する高速料金に対する補助制度等についてヒアリングをしました。3日目も雨が降り続き、川の水も増水していて危険であり、社会福祉協議会のボランティア活動も全て休止という状態であったので、早めに東京に向かうことになりました。

 

カリタス東京活動報告

カリタスジャパン教区担当者会議に参加しました

10月9日から11日までカリタスジャパン教区担当者会議がカトリック金沢教会で開催されました。初日は各管区からTogether We キャンペーンへの取り組みの報告があり、東京教区からはカリタス東京の愛の奉仕のネットワーク化をキャンペーンの活動として報告しました。午後からは、カリタスのとサポートセンターの片岡センター長から活動報告がなされました。その後、国内援助に関する基準等について分かち合いや、来年度の四旬節愛の献金について話し合いがなされました。

二日目は、組織再編に関する途中経過の報告の後、金沢教会聖堂にてTogether We キャンペーン終了のミサが成井司教の司式で行われました。

お昼から、カリタスのとサポートセンターを訪問し、車で液状化の被害を受けた内灘町、能登島の仮設住宅を視察しました。その後、七尾ボランティア支援団体の共同体である「おらっちゃ七尾」を訪問して今後の支援体制について意見交換し、七尾教会のボランティアセンターでボランティア活動をしておられる皆様にお会いしました。

11日は、七尾から輪島に向かい、岸壁が隆起してしまった輪島港や港内の海底自体が隆起してしまった船名港を視察しました。輪島港では隆起した岸壁を削って低くし、あるいは浮桟橋を利用して漁船を係留できるようにしてあり、海人の漁も始まったとのことでした。名船港は港内の水深が極端に浅くなり、付近で起きた土砂崩れの流木が浮かんでいる状態でした。

今回の訪問を通じてカリタスのとサポートセンターが地域において信頼を受けているだけではなく、他のボランティア団体や社会福祉協議会等の行政からも一目置かれている存在であることを再認識しました。