愛の奉仕活動紹介
愛の奉仕活動紹介: Vol.36 社会福祉法人青少年福祉センター
2026年02月20日
「社会福祉法人青少年福祉センター」訪問レポート
今回は、東京都足立区扇に本部を置く社会福祉法人青少年福祉センターを訪問しました。青少年福祉センターは足立区で自立援助ホーム長谷場新宿寮、自立援助ホーム清周寮、自立援助ホームおうぎ寮、児童養護施設暁星学園を運営し、また、新宿区では児童養護施設あけの星学園を運営しています。
足立区扇にある本部を訪問して理事長の荒船旦子さんと常務理事の林正人さんにお話をうかがい、その後自立援助ホームの各施設を訪問して長谷場新宿寮児童指導員の間中晋太郎さん、清周寮寮長の松本耕造さん、おうぎ寮寮長の副島有理さんにお話をうかがいました。

社会福祉法人青少年福祉センターの構内です。

インタビューにお答えいただく理事長の荒船さんです。

インタビューにお答えいただく常務理事の林さんです。
青少年福祉センターは児童養護施設と自立援助ホームを運営されていますが自立援助ホームと児童養護施設の役割についておうかがいできますか。
児童養護施設は児童施設の中で原則として就学支援、つまり学校等に通うことを支援するために3歳から18歳で高校卒業するまでの児童を原則として受け入れる施設です。(当センターでは高年齢児として中高生を受け入れています)一方、自立援助ホームは何らかの理由で家庭にいられない15歳から20歳までの子供が働きながら自立を目指すことを支援するための入居施設となります。高校や大学に通うこともできますが、原則として働きながら通うことになります。最近では大学進学率が上がったので。大学生、専門学校生の割合が増えています。大学に通う人の場合22歳まで入居が認められることもあります。児童養護施設も自立援助ホームも児童福祉法に基づく施設で前者が第一種、後者は第二種となり異なる形態とされています。そして、児童養護施設では入所者は措置対象となり公費負担となりますが、自立援助ホームでは入所者と施設が契約を結ぶことになり、入所者は一定の生活費を支払うことになります。この両方の施設を一つの法人で運営しているのはほとんど他にないと思います。

法人本部と長谷場新宿寮の建物です。
創設者の長谷場夏雄氏が子供達に手を差し伸べる活動を始めるに至る経緯について教えてください。
創設者の長谷場夏雄氏は終戦後に弟さんと旧満州から引き揚げてきました。終戦直前に両親を亡くされ、帰国後、弟さんはサレジオ学園で生活し、ご自分はそこで指導員として子供に関わる活動を始めました。
その頃、養護施設に入っている子どもたちの多くは戦災孤児で、中学を出ると施設を出て住み込みの職場に就労をしていました。そして、その就職先がうまくいかなくなると、その子どもたちは失業すると同時に住む場所も失ってしまいました。そのような状態に陥った子供たちの「僕たちの家を作ってよ」という声に応えるべく、1958年に豊島区のアパートの一室で長谷場氏が子供達と共同生活を始めたのがこの法人の事業の始まりです。
当時、長谷場氏はカトリックの信仰に導かれ、司祭への道を歩むことを考えていたようですが、子供たちの願いを叶えることを選択しこの事業に係わるようになったと聞いています。
当初は公的な支援が無く苦労したと思います。当時はほとんど寄付と自分たちで廃品回収したり洋服の仕立てをしたりして稼いでいました。この儲けを全員で分けながら暮らしていたようです。

長谷場氏の著書「かけがえのないあなたへ」です。
アパート一室から始まった共同生活から今のような児童養護施設と自立援助ホームを運営する社会福祉法人に発展したのですね。
豊島区で始まった生活拠点は、翌年の1959年に社会福祉法人あけの星会から土地と建物のご支援を受けて新宿に移転し財団法人となり、1964年には同所に新しい本部と新宿寮の新館が建てられました。
1970年当時、入居者は男子でしたので、社会に出るためには何か手に職を付ける必要があると考え、足立区扇にあったイエズス会から土地を譲り受けて、後に高等職業訓練校、高校の施設となった自動車整備工場と寮を建設しました。そこでは、自動車整備に興味のある子どもたちが寮生活をし、自動車整備工場で働きながら高卒と整備士の資格を取って独り立ちしていきました。その後、1981年にはその寮が社会福祉法人清友会の暁星学園という当初は高校生を対象とした児童養護施設となりました。後にはその兄弟の中学生も受け入れるようになり今のような中高生を対象とした施設となりました。
1974年には、私どもの活動を支援して下さっていた聖心会のシスター岩下からから男子寮だけじゃなくて女子寮を作ったらというご提案があり、清周寮がお父様の岩下清周氏と同氏が社長をしていた大林組の全面的な支援で設立されました。1997年になってようやく児童福祉法で児童自立援助事業が認められることになり、「新宿寮」と「清周寮」が自立援助ホームとなりました。2005年には私たちの実績が東京都に認められ、自立援助ホームをもう一つやってもらいたいという依頼があり、都の補助で建設したのがおうぎ寮となります。この年に財団法人と社会福祉法人を合併させて社会福祉法人青少年福祉センターとなりました。
翌年に中井児童学園の運営を東京都から引き継いでもらいたいという意向があり、初めての民間移譲が行われました。これが現在の児童養護施設「あけの星学園」となります。この名前は社会福祉法人あけの星会からいただいています。
現在に至るまでに、グループホームとして暁星学園に「ほきまホーム」、「とねりホーム」、「あけの星学園」に「こでまりホーム」を開設しています。施設の老朽化に伴うリニューアル等も実施し、新宿寮を足立区扇に移転して「長谷場新宿寮」に改名する等現在のような施設構成になっています。一法人で一施設が多い中、一法人で5施設を運営することになっていますが、これにはこれまでのような歴史的な経緯がありました。

清周寮にある岩下清周氏の胸像です。
長谷場氏は2020年に亡くなられるまでここの施設にお住まいだったのですか。
長谷場氏は亡くなられる少し前まで現役で活動を見ておられました。一時期カナダに行っていた時期もありますが、最初は新宿寮に住み込み、その後カナダから戻ってきてからは清周寮に住み込んでいました。
荒船さんが青少年福祉センターの活動に関わるようになった経緯について教えてください。
私の実家の母(麻生和子さん)が社会福祉法人あけの星会の会員の一人で、長谷場氏が豊島区で事業を始めた頃に、たまたま、長谷場氏の施設で公衆電話を借り、対応に出た子どもから長谷場氏の活動を知って、活動のお手伝いを始めました。それ以来、母は「あけの星会」会長として亡くなるまでずっとお手伝いし続けていました。
私も昔から母の活動を手伝っていた関係でずっと長谷場さんの活動のことは知っていました。私の主人が外交官だったことから海外生活が長く、2001年に日本に帰ってきた後、当時の理事長から年に3回来ればいいから役員になってもらいたいと言われ、いつの間にか評議員、常務理事を経て2017年には理事長を仰せつかり、現在に至っています。この事業の継続と発展は母からの宿題であり、私のライフワークでもあります。

暁星学園の本園の外観です。
自立援助ホームで生活する子どもたちについてお伺いします。まず、どのような経過でこの施設に入居するのでしょうか。
自立援助ホームには義務教育を終わった児童養護施設の卒園者、家庭裁判所で保護観察を受けた子ども、または何らかの理由で自宅から通えず、一人でアパート住まいも難しい子どもたちが対象となります。原則的に児童相談所等からの委託が必要ですので、児童相談所経由で入居することになります。
子どもたちは児童相談所から来ますが、児童養護施設と違い、この自立援助ホームに入居するかどうかは本人が選び契約することが必要です。自立援助ホームとの契約っていうのは何か不思議な感じがしますが、それだけ自立させる、つまり、今までは自分のやりたいことを出来ないでいた子どもたちが、自分で選択してここ入居するという自立の最初のステップの意味があります。事前に児童相談所にアドバイスしてもらい、かつ、体験入寮したりもします。その上で、飲酒喫煙はしない等の入寮中の約束をして入ってきます。約束を破った場合は、基本的に子どもたちに退去宣告をすることもできます。子どもたちは3万円の寮費を支払い、私どもは食と住の面倒を見ます。
近年、自立援助ホームに入居してくる子どもの特徴や人数に変化はありますか。
昔は非行で入居してくる子どもたちが多く、その非行へのエネルギーを仕事等の良い方向に移せばよかったので、比較的対応がしやすかったのです。今の子どもたちは引きこもり系の子どもが多く、エネルギーを出させるのに苦労することが多いのです。いわゆる発達障害等の軽い障害を持っている子どもたちも多くなっています。
家庭内の虐待とか家庭環境が障害の原因になっているのか、障害が虐待に繋がっているのか色々状況は異なりますが、障害枠に入らないボーダーの子どもたちが社会に出てなかなか大変苦労します。
本当に両親がいないという子どもは少なくなり、片親もしくは2人揃っているけど、家庭環境で家にいるのが難しいっていうケースがほとんどです。
後、親が外国籍でハーフの子どもも増えています。東南アジアにとどまらず中南米系の子どもも入居してきています。国立大学に進学した子どもの母親もインドネシアの方でした。
一方、社会で働くのに今までは高卒で十分だったのが、次第に専門学校卒や大学卒が当たり前になってきて、学業の壁が高くなるにつれて、自立援助ホームでも働きながら上級学校を目指す傾向が出てきています。今の自立援助ホームでは働きながら手に職を付ける為に専門学校、あるいは大学に通っている子どももたくさんいます。
しかし、自立援助ホームは働くことがメインですので、学業の方が大変で働けなくなったら申し訳ないですが、基本的には出る必要があるので皆な真剣に両立しようとしています。もちろん、中卒や高卒で就職してここにいる子供も多くいます。

法人のマークとなります。
自立援助ホームの職員の方が子供との関わり合いの中で大切にしていること、また苦労されることはどうゆうところですか。
毎年、職員研修で法人の理念研修を取り入れて職員に教えて、それを子供に教えるという活動を行なっています。長谷場氏が作り上げた「良い子を育て次世代の担い手を育む」という理念のもとで子どもたちが安全に出会えるようにするという考え方は各事業所で施設長の考えで細かいところは変わっても一番の元は変わらないようにしています。
児童養護施設からではなく、途中から自立援助ホームに入ってくる子どもだと、家庭の中でずっと虐待に遭ってきて、最終的にここに来ることになり、一番大変な状態で入ってくることになります。職員はその子どもの大人に対する不信感をまず払拭させなきゃいければならず、さらに、自分が生きていいということを伝えなければならないので、大変だと思います。さらに、その子どもたちを自立させるのは難しいところになります。
最近児童相談所から紹介されてくる人数は増えていますか。
現在、児童相談所は子どもたちで溢れています。他の施設に行かれない子どもが、一時保護みたいな形でたくさんいます。受け入れる方もやはり他の子供への影響もあるので、対応が難しい子どもだと受け入れるのが困難になります。ただ定員が空いてれば入れるというわけではなく、その受け入れ側の子どもへの影響が大丈夫かということが重要となります。
バザーを毎年実施していると聞いていますが、地域社会や教会との繋がりはどのようなものがあるのですか。
大きな規模のバザーは聖心女子大の施設をお借りして2年に一度チャリティ大バザーを開催しています。教会との繋がりというより、ご支援頂いている企業の方や聖心女子学院OGの集まりで、みこころ会の方達など数十名のボランティアに協力いただいています。その他聖心女子大OGの会が主催する宮代祭や、主人が外務省出身だった関係からラテンアメリカやアジア婦人会主催バザー、ILBS国際福祉協会のバザーにも出店しています。
地域での活動では、力士の方をお呼びした餅つき大会とか、毎月1回、寄付でいただいた品物を10人ぐらいのボランティアで寄付品を仕分けしていただき、地域貢献のためにミニバザーを開催しています。今では地域の人たちの楽しみの場となっています。
それから職員も参加する扇バザーを本部で原則年に2回、開催しています。子供たちのためのゲームコーナーなどもあり、地域の方や隣接する小学校の児童が沢山参加します。
教会とのつながりとしてはカトリックの児童養護施設の研修会に職員が参加しています。また、昨年までは評議員をお願いしている神父様から長谷場氏の理念に基づいた職員向けの研修を実施しておりました。

構内の風景です。
現在直面している課題としてどのようなものがありますか。
施設全体で一番の課題は職員の確保です。大変な仕事に見合うまでの給料にはいかず、また、仕事の成果が直ぐにははっきり見えないこともあり、その中で職員に長続きしてもらうことが今一番の課題です。うちの場合、勤続は3、4年ぐらいが平均となっています。福祉系ということで女性が多いので、力仕事ができるような男性がなかなか入ってきません。今一番多い20代の女性は結婚出産で休職・退職する方も多く、お子さんが出産して戻ってこられる方もいますが辞められる方も多いです。
また、福祉系の学校や専門学校を経てこられても、現実とぶつかって、ここで続けられるか不安になる職員もいます。いきなり一般の学校を経て入って来た場合、今まで接したことのないような子どもたちから色々と言われる中でメンタル的な厳しい状態になる場合もあります。また、宿直も月8回程度ありますし、土日も関係なく働いているので、その辺がやはり難しいところがあります。
他の施設より好条件を出せればいいのですが、自立援助ホームは公的補助で運営はできるようになってはいますが、そこまでのお金は出ないので難しいです。児童養護施設では園長手当や、調理員、事務員、栄養士、心理士等の専門職に対してのお金が出ますが、自立援助ホームの場合は全部一緒で、指導員という費用しか出ません。寮長手当はまだ出ず、ようやく、個別担当職員と自立支援担当職員の予算が認められるようになりました。
法人の理事長あるいは常務理事として、この仕事をしていて良かった思う瞬間はどのような時ですか。
私は元銀行マンで、勤務先の先輩でこの法人の元理事長から、ここを手伝ってほしいと依頼され、5年前から人事管理とか総務職等の経営を担当しています。バックに職員が働いてくれているから子供たちも安心して生活できており、それを支えているということを感じる時にそれを感じます。また、給与等も私が担当しているのですが、他の業種であればもっともらえるかもしれないのに、それでもここで働いてくれている職員に本当に感謝をしています。(林さん)
私も職員に対してはいつでもありがたいと思っています。入社式で,必ず言うのは「おめでとうございます」と同時に「ありがとうございます、ここを選んでくれて」と言います。また、同時に当法人が主催する成人式に集まった子どもたちがすごく良かったって言ってくれて、あのハチャメチャだった子が、こんな大人になってくれたということも嬉しいことの一つです。
それと、ここの法人にはありがたいことに寄付が多いのです。寄付金はもちろんですけど、寄付品として色々な物を「こんな小さい物だけど」と言いながら継続的に送ってくださる方が多いのです。つい最近も、温室栽培の葉物を頂きましたが、食料品を季節に合わせてお送りいただく方もいて、これらは各事業所で無駄なく食材として利用させていただいています。(荒船さん)

長谷場新宿寮の玄関です。
長谷場新宿寮の指導員間中さんにお話を伺いました。

指導員の間中さんです。
長谷場新宿寮の現況をお教えください。
この自立援助ホームは全員男子の寮で定員は15名になっております。現在の在籍は14名です。この施設では高校生年齢の子どもが多いです。
入居者は何年くらいここで過ごすのでしょうか。
子どもよって異なるのですが、おおよそ一年です。一年ぐらいで自立の準備ができるように考えています。
高校に在籍している子どもに関しては、卒業までいるケースがほとんどです。そして、例えば大学に進学して、アルバイト代と奨学金を貯めて、大学卒業までの収支計画できて、今の時期に退所しても生活できるという計画が立てられれば自立する子どもも中にはいます。これに関しては子どもが指導員と相談し、その内容を児童相談所と共有しながら決めていくというような形になります。

長谷場新宿寮の食堂です。
自立のための準備期間ということですが、具体的にはどのような過程になるのでしょうか。
基本的に通学していない子どもたちに関してはフルタイムで就労してくださいっていう話をします。フルタイムで働きますと1ヶ月で貯金が8万円とか9万円とか出来て、一年続けるとだいたい100万円ぐらい貯まります。
そうすると、一人暮らしの必要な初期費用や家具家電品代を差し引いても大体60万くらいで収まり、残りの40万くらいは、風邪ひいて仕事を休んだとかの時のために、予備として持っていることができます。
自立援助ホームに入居する子どもの特徴は何かありますか。
児童相談所から紹介される中で、本当に中高生年齢ぐらいまで虐待を受けていたり、親から不適切な関わりをされていたりする子どもは、やはり大人に対する不信感みたいなのが根強く残っていることが多くて、関わり方がすごく大変だとは感じています。
食事を作るのは皆さん指導員の方が調理するのですか。
基本的にはそうです。私のような指導員が調理をすることになります。子どもからはあれ作ってほしいなとかリクエストがあったりして、週末とかはそれに応えながらやってやるような感じですね。

調理場となります。
子どもとの関わり合いの中で大切にしていることっていうのはどういうことですか。
基本的には子どもに一人で色々できるようになってもらいたいという思いはありますが、それに対して大人として一つ一つ誠実に答えてあげるっていうことを大切に実行しています。
お正月に集まり開いているということですが。
この施設では「お正月の家」いうイベントを60年以上前から開いています。これは自立したOBが正月に帰れる実家みたいな感じでおせち料理とかを用意して迎えます。結婚してご家族でくるOBの方もいます。

居室への廊下です。
この仕事をしていて良かったなと思う時ってどういうところにありますか。
すごく色々ありますが、やはり一番は、退所した後も連絡をくれるOBがいるということです。連絡を取る中でOBが頑張っているということがわかる時に、あの時に自分が頑張って良かったのだということが解り、その時が本当に良かったと思う瞬間です。

清周寮の外観です。
清周寮の寮長松本さんにお話を伺いました。

清周寮寮長の松本さんです。
清周寮の現況をお教えください。
自立援助ホーム清周寮は女子のための施設で定員は15名となっています。建物2階部分が子どもたちの居室、1階部分が職員事務所、食堂等となっています。今日現在の在籍は14名ですが一年を通して入退居があります。建物は老朽化の為2016年に建て替えました。
子どもたち関係で考えているのはどのようなことでしょうか。
例えば食事の場面では、子どもたちも働いたり通学したりして、個々の生活があるので、全員揃って食事をいただくことができませんが、出来る限り孤食とならないよう、子どもが食堂にきたら職員が入って一緒に食べるように心がけています。ご飯の時はみんな気持ちが緩むので、食べながら学校のことや仕事の悩みなどいろんな話をして、良い食事の時間になるようになるようにも心がけています。この施設で職員と日々を過ごしながら、様々な失敗や成功体験を経て、それらを身につけてもらい、職員とも良い関係を築きながら一人暮らしの準備が出来るように支援しています。また、退居したからといっても支援は終わりではありません。退居後も様々な相談があり、転職や結婚、子育てなどライフスタイルごとの新しい課題の相談にのります。一人ひとりが抱える人生の課題に長期間関わります。このように退居後も職員に頼ってもかまいません、少しずつ社会に馴染んでいって自立に向かえばよいと考えています。

食堂です。椅子等はイケアからの寄贈品です。

エントランスとなります。
OGとの関係はどうですか。
年に1回女子寮ではホームカミングデイを開催しています。退居後、結婚して家族のできた元寮生たちが、自分のお子さんや旦那さんと一緒に帰ってきてくれると嬉しくなります。毎回家族も合わせて50、60人が帰ってきてくれます。寮にいるときはめちゃくちゃな生活していたのが、お母さんになって職員の気持ちが今はわかると話してくれたりもします。清周寮から家庭復帰する子どもたちは、多くはありません。ほとんどの子どもたちは、よほどの事情がない限り、独り立ちをしていきます。近所でアパート生活をしている子もいれば、ちょっと遠くにいる子もいます。可能な限り電話やメール、対面で会ったりして関係が切れない努力もしています。

2階の居住部分の廊下です。
自立訓練室について教えてください。
自立訓練室というのは、自立する前に一人暮らしの疑似体験、訓練をするために作ったお部屋です。6畳ほどの1Kの部屋に玄関もあり、そこで一人生活を体験してもらいます。全員がこの部屋を利用するわけではありませんが、生活をしてみると新たな発見があり、自分が出来ていることとまだできないことが良くわかったりもします。


自立訓練室の設備です。
この仕事をしていて良かった思う瞬間はどのようなときですか。
子どもたちは毎日少しずつ成長しています。一緒に生活をしている中で成長が見られると、やはりやりがいもありますし、ホームカミングデイなどでお子さんを連れて帰ってくると、支援をした甲斐があったなと思います。日々、子どもたちと接していると傷つくこともいっぱいあります。反抗も含めて成長の過程にあるお子さんたちが、様々な事情で来ているので、それを少しでも乗り越えてもらい、自立に向かい頑張ってもらわなければなりません。毎日子どもたちと切磋琢磨し成長が垣間見えることにやりがいを感じています。

昨年10月に改装して移転したおうぎ寮です。

おうぎ寮の寮長副島さんです。
おうぎ寮の現況をお教えください。
おうぎ寮だけが男女で定員が6名となっています。昨年の10月に今の所に移転して、2階が2部屋、3階が4部屋ですので、動線を考えて女子が4名、男子は2名がベースとなっています。現在、在籍は5名ですが暁星学園から1名入居する予定になっています。
おうぎ寮に来る子どもの特色はなんですか。
精神的な課題を持った子が多いです。おうぎ寮は6名と少人数なので、新宿寮や清周寮のような大人数の施設では人付き合いが得意ではなく、そうゆうところでトラウマになって辛いという子どもたちが多く入寮してきます。そのため、おうぎ寮では入居者同士は挨拶や、食事、雑談等の程度の付き合いでよく、基本的に子供同士の外出は認めていません。必要であれば、例えば誕生日の時に職員と1対1で出かけるとかはしています。
他の男子が騒いだことが家庭での出来事とリンクしてしまい、PTSDで入院したというケースも実際にありました。一人で自分のペースで生活できるという感じが必要なのです。
入居者はどのくらいの期間ここで生活をしているのですか。
おうぎ寮の入寮期間は結構長く、二年くらいは在籍している事が多いです。自立の準備をして自立していくというのは同じですが、精神的課題が根深かったりすると、まずケアをしてからじゃないと自立させられないということがあります。うちに来る子の持つ様々な課題が少しでも安心感に変わってから、自立をどうするかという話になります。自立先も、グループホームやグループホーム型の住宅みたいなところに一人暮らしをしている子もいます。なかには自立の話をすると不安定になって家に帰る選択をとる子もいるため精神的な課題を抱えた子が一人暮らしできるケースは少ないと思います。
ここにいて、何ヶ月かいると働きに出て行くような形にはなるのですか。
基本的にはすぐに働きに出るようにはなります。学校に行っている子も多く、全日制や定時制の高校生もいれば、通信制の子どももいたりするので、本当にみんな生活リズムがバラバラです。だいたい22時の門限前後に全員やっと揃う感じで、朝早いと7時くらいには出てしまうので食事もバラバラとなります。基本的に寮生は一人で食べて、その間職員が誰か食堂にいるようにしています。

食堂兼居間です。
ここでも1人で生活していくことで自立後に備えるということですか。
入居者同士で仲良くなって、自立した後にお金の貸し借り等のトラブルが出てくるのを多く見てきました。精神的課題のある子どもがトラブルになりくじけてしまうと、引きこもりになったりします。自立の後のリスクも踏まえて、一人でなるべく生活してもらいたいから、寮生同士での外出は禁止と伝えています。その理由の説明はしています。
特に子供と接する時に大切にしていることは何かありますか。
精神的な課題を抱える子どもが多いので、家を思い出させるようなことは言わないようにと職員にも言っています。最初に両親に言われて嫌なこと等を把握した上で、職員はそれを使わないようにしています。
また、職員と子供両方に「人にされて嫌なことはしない」ということを伝えています。職員は当然子どもに求めるけど、よくよく見たら職員はやっていないと言われたら信頼関係が築けなくなってしまいます。

キッチンです。
移転したばかりで、地域社会との関係はどうですか。
地域社会に理解してもらわないといけないので、町会にも入りました。民生委員
との打ち合わせも行っています。地域の中で理解をしてもらった上で見守ってもらうことが必要になってくると思います。また、逆に私たちができることもあると思うので地域の方に説明をして理解をしてもらって、協力体制を組みたいと思っています。足立区社会福祉協議会の児童福祉部会にも参加し、地域との関わりを増やしていく必要があると思っています。
この仕事をしていて良かった思う瞬間はどのようなときですか。
生きていてさえいてくれれば良いというのが僕の正直な気持ちです。法人の成人式に来てくれたり、子供を連れてきてくれたりして、成長した姿を見ると本当に嬉しくなります。また、結婚式に呼ばれる時、特に清周寮の時の子どもの結婚式でお父さん代わりをした時はこの仕事をしていて良かったと思いました。


